CHCHから2週間、NZの見せつけた強さ

こんにちは、殿内(@tonoccho)です

CHCHで50人のムスリムが殺害された事件から2週間、2週間だよね?自信がない。と言うのも、追悼eventなんかはするけど、新聞ももうそんなに事件のことを言わないからだ。

会社に毎朝ヘラルド紙が置いてあるのでヘッドラインくらいは見るけど、旅行コーナーではダニーデン特集しててまぁ悲しみとは裏腹に日常になっている。

これは多分ジャシンダアーダーン首相の力強いスピーチが見事なリーダーシップを発揮したことと同時にNZと言う国がNZと言う国を見事に体現したからだと思っている。

スルーがNZの選択

事故当時は自分もあれやこれや考えたりしたのだけど、NZが選択したのは「スルー」なのだと今は思う。銃撃犯に伝えた明確なメッセージは「あなただれ?あー、、、NZそう言う国じゃないんで、じゃ」だった

つまり犯人たちは何者にもなれずに人生を台無しにした、それだけだった。

犯人のうちの一人はオーストラリア人、ダニーデンの若者が武器を渡したらしい、事件を聞きつけた市民が武器を持って駆けつけたら巻き添えで勘違い逮捕されちゃったけどすぐ釈放された。これ以上知らない。三段落ちの落語状態。

実際新聞では犠牲者のことやその後の話はするけれど犯人のことを追いかけるようなことはしていない。

変な話自分の中では「何があったの?CHCHで銃撃!?ひどいことする奴がいたもんだ!」になりつつある。それくらい犯人はスルーされている。

オーストラリアの極右の議員も大炎上したものの「自警」と言ってるので、自国の保守議員からも何者にもしてもらえなかった。ほんと何しに来たんだろうね?

結局犯人はNZにも世界にもなんのインパクトも与えられなかった。ムスリム社会からも許されてしまって命を狙われる立場ですらない。まぁ、大勢の人を殺した烙印は消えないだろうけど。

スルーできる強さ

安倍首相は「共に戦いましょう!」とかかなり見当違いなメッセージを送ってきてたけど、NZ側としては「お、、、おう、、、でも今被害者のケアで忙しいから」位の空気を感じる。

そうなのだ、今回の事件は使いようによっては支持率を上げたり、政争の具にしたり、国内世論の対立を煽ってガス抜きしたり、場合によっては気に入らない国にミサイルぶち込む材料にもできたと思う。

だけど与党も野党もそんなことはしていないようだ。むしろそんなことするのは無粋だろうと言う雰囲気が国全体に満ちている。

そんなことより国民、特に今回のことで大きなダメージを被った人たちのケアが先だ、となっている。

イミグレーションでは、今回の件でビザに影響が出た人たちに対して「とりあえずビジタービザの申請書を出して連絡してください、最優先で処理します」と言っており、あるべき姿を示している。

自分の勤める会社でも「今回の件で心中穏やかで無い人にはできるだけのことをするから連絡してね」と言う通知が回った。

自分も永住権の申請で結構待たされてるけど、少し遅れてもなんともないとしか思わないわけだし、それに対しての文句も聞いたことはない。まぁ、今回の件による遅れでビザが切れてしまうとかそういう人は穏やかではないだろうけどその辺も相談なのかなとは思う。申請さえすればインタリムビザが出るから帰国する羽目にはならないんじゃないかな。

とにかく犯人は牢屋に入ったと思う。銃に関する法律も改正した、国民の中からも危険な銃器を返納する流れが自発的に生まれた、どの政治家もこれをネタにするわけでもない、確かに今国に残されたjobは被害者のケアと日常の復帰だ。すごいスピード感。

今回の政府の対応はテロの被害を受けたあらゆる国の中で「最もあるべき姿」を提示していると思う。

NZのアイデンティティ

NZはとにかくhistoryが短くてこれぞNZというものが無いと思っていた。自然が豊かで羊ばかりでjapanにいろんな食べ物を輸出している

マオリ族というのがいてハカなる踊りがある。グロンサンのCMじゃんと言ったら年がバレるがあの踊りだ。頑張って頑張ってシーゴトー。

だけど近代国家、マオリとの紛争にひとまずの決着がついた国家としてのNZと言うと?と言うと無いと思っていた。イギリスのコピーだけど30年くらい遅れてる?くらいのもの。

だけど、水面下では着々とNZが育っていて、それが今回の銃撃に対する対応に明確に現れたと思う。

つまり、徹底的に争うが争わない、と言うことなのかもしれない。今回の犯人を徹底的に晒して暴いて吊るし上げて怖くて出所することもできないような状況に追い込み、政府がオーストラリアの首相に文句を言い、国民の中からはムスリムめ!ざまあみろ!と言う一団が現れて、、、などと言う争い事は起こらずに、徹底的にスルー、むしろ「俺たち中いいもんね!」とより強く協力するようになる。

はっきり言うと最も辛い戦いを選択したと思う。NZにも白人至上主義とか、キリスト教原理主義はいると思うし、彼らは「ザマァ見ろ」と思ってるかも知れないし、侵略された側のマオリは「お前ら自業自得だろ」という意見を出した人もいたし、ツイッターではかつての白人たちの侵略について言及する人もいた。だけど一瞬だった。

そりゃそうだ、犯人には何一つぶつけないで自分たちの中で消化することを選んだのだから。ぶつけたほうがよっぽど楽だ。だけど短いhistoryの中で作り上げられた国民の選択はこれだった。

下手すると犯人が出所したら改めて社会に迎え入れてしまうかもしれない。

「なに?道でぶん殴られた?そりゃああんなことしたらぶん殴られるだろー、まぁ飲めや!」くらいの立場になるかも知れないと思っていたりする。

文化の寄り合い所としてのNZ

自分がNZについて気に入ったところが今回の事件でなんとなく明確になった。それは「寄り合い」としてのなんとも言えない感じなのだ。

オーストラリアには白豪主義がわだかまっているし、japanの排他的な差別も凄まじい、アメリカなんかは今もキリスト教原理主義が強い。欧州は難民の取り扱いに苦労してるし中国は独裁政権。カナダは寒そうだしインドは暑そうだ。

だけどNZはいろんな主義、主張、ポリシー、信仰、そう言った壁をうまくリベラリズムでラップすることで一つの集団にしているのかもしれない。そしてそれがNZのアイデンティティなんだと思う。

つまりはこの旗に書かれたことなんだと思う。みんな違う基盤の上に生きているが、他者への寛容はしっかりと根付いている。あと何百年かすると完全に一つになっているかも知れない。

いろんな宗教が有るし、それらが迫害されるでも差別されるわけでも無い国、テロを起こす理由がない国。わざわざ海外から銃撃しに来た奴が現れたのは残念だけど追悼や被害者へのケアは着実にやりつつ犯人はスルーしてとっとと次に行く国。

別に国力があるわけでもないし、何千年ものhistoryがあるわけでもない国なのに他の国よりも成熟した感じがする国。

今まさに国生みの最中であり明日どの方向を向いてるか見当もつかない国、だけど国民は団結して前に進んでいける国、そんな国がNZなのだなと思った。

ニュージーランドの最新記事

生活の最新記事