令和について思ったこと

こんにちは、殿内(@tonoccho)です

先日次の元号が「令和」になりました。個人的には「へーそうなんだ」という感じでしかなかったのだけどある意味で時代の区切りのようなものが近いなと思っていました。

が、ツイッター界隈では「令和の令は命令の令!」とかそういう感じの議論もありどうも観ていると「政府が決めたようなものがまともなものであるはずがない」というどこかイデオロギーめいたものの種にされててその時まず思ったのは「え、元号って天皇陛下が決めてるんじゃなかったの?」というものでした。

なので元号についてすこし調べてみました。Wikipediaさん何でも知ってますね。

元号はもともと天皇陛下が決めていた

昭和の戦争が終わるまでjapanは大日本帝国憲法と旧皇室典範という2本柱の法があってこれに基づいて国家運営がされていたそうです。これらのレベルとしては同格だったようで、その旧皇室典範で元号は天皇陛下が決めるものだ、というようにされていたそうです。

ということは明治移行昭和までは天皇陛下が決めていたということになります。とはいえ天皇陛下が個人で決めたかはわかりません。今みたいに有識者を集めて候補を決めてそこから最終的に選ぶという流れだったかもしれません。何にしても「元号は天皇陛下が選んでいる」ということだったんでしょうね。

戦後旧皇室典範がなくなった

japanが戦争に敗けて日本国憲法がGHQによって作成されたときに、旧皇室典範は廃止となり、代わりに「一法律」として皇室典範がつくられました。そのときに「元号に対する決まり」というのが宙に浮いてしまったようです。

で、その後元号に関する法律が1979年に制定されて、それ以降は元号は政令によって定めると確定したそうです。皇室典範が憲法よりも格下になったがゆえに起きたことなんでしょうね。

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ついでに昭和も政令で決められたものとするというように書いてあるので、実質は昭和以降の元号は政府が決めた、ということになっているみたいですね。なんでそんなことしたのかはよくわかりませんが。

平成のとき

昭和天皇が崩御され、当時皇太子だった明仁様が天皇陛下に即位されて「平成」になりました。小渕元総理が色紙を掲げるシーンは有名です。改めて見ると平成の時はかなりドタバタでしたね。

DAIGOがテレビにこの色紙を持ってきてさすがのとんねるず石橋も茶化しきれなかったのも記憶に新しいところです。

このときは漠然と天皇陛下が決めたんだろうなくらいに思ってました。あと、昭和天皇なんで1週間も延命措置されたんだろうかわいそうにというのもありました。

令和になって

あれから30年たち、令和が新元号として発表されました。菅官房長官が記者会見の場で発表し、これは小渕元総理のときと同じだったかと思いますが、この後TL上で色んな人がいろんなことを言うのを目の当たりにしたわけです。

元号は天皇陛下が決めたほうがいいと思う

なんだかんだでいまや元号は政府が決めたのを天皇陛下が追認する形になっているのかもしれないのです(流石に天皇陛下や皇太子の同意なしにはやらないと思う)が、個人的には天皇陛下が決めたのを政府が追認するほうが色々といいような気がしました。

まず、政府は国民の投票によって選ばれた国民なので、「民意を背負った国民」でしかなく、どこまで言っても国民です。天皇家は国民かというと国民ではありませんよね。民意を背負ってるわけでもない。国民とは別系統な存在。だけど、内閣総理大臣も国会も彼を経由しなくては成立し得ない。だけど災害が起きればさっと被災者のもとに駆けつけて同じ目線の高さで会話する存在。

天皇陛下がいろんなお言葉を述べます。それを聞いた人々の中で「あいつあんなこと言ってるけど本当は戦争する気だぞ?憲法改正に乗じて再度国の支配者になる気だぞ?」とか言う人に今まであったことがありません。

いっぽうで安倍総理は何言っても「あーそう言って憲法改正してjapanを再軍備して侵略戦争したいんですねこの独裁者!」っていう反応しかしない人がかなりいます。

もうちょっとスピリチュアルぽく言うと「政府の決めた元号にはパワーがない」ということでもありますね。

なので、改元はやはり天皇陛下にお返ししたほうがいいんじゃないかと思った次第です。

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